国を本当に揺るがすのは、声の大きい人々ではない。
口先のうまい者でも、憤慨を商売にする者でも、興奮を売り歩く行商人のように毎日トークショーやソーシャルメディアを徘徊する政治的な漁夫でもない。
それは、寡黙な人々だ。
考える人々。
書く人々。
疑いながらもとどまる人々。警告がめったに拍手を呼ばないと知りながらも警告する人々。素手で津波に立ち向かう人々がいるように、言葉によって残虐化と闘う人々。
そうした人々が去るとき、単に一人の市民が祖国を去るのではない。
知的な息吹の一部が去っていくのだ。
ブアレム・サンサルの「フランスは自分にとって終わった」という言葉には、まさにその力がある。甲高い非難も、憎悪も、見せ物もない。しかし、ある国の理念を信じてきた人が、その国の勇気への信頼を失うときに生まれる、疲弊した痛みがある。
それは、どんな抗議よりも重くのしかかる。
なぜなら、知識人は民主主義社会の飾りではないからだ。彼らはその早期警報システムである。彼らの懐疑、矛盾、妥協のなさは、共和国の道徳的な地震計ネットワークを成している。彼らを失う者は、指針を失う。
フランス――啓蒙主義、革命、人権、そして情熱的な論争の大国――は、何世紀にもわたり、その議論の力によって生きてきた。ヴォルテールからカミュへ、サルトルからアロンへ、真実の探求は決して心地よいものではなかったが、常に必要なものだった。
しかし、議論の場が狭められるとき、何が起こるのだろうか。
道徳的なレッテルが論拠に取って代わるとき。
ニュアンスが裏切りと見なされ、疑念が危険と見なされるとき。
そのとき、民主的な進歩は何も生まれない。
そのとき、偏狭さが増す。
そして偏狭さは、自由にとっての酸素不足である。
したがって、サンサルの離脱は、フランスだけでなく、ヨーロッパ全体にとって不吉な警告として映る。なぜなら、言説が硬直し、政治的陣営が独善的な敵意の中に閉じこもるところではどこでも、同じ浸食が始まるからだ。つまり、自由な精神が、牢獄の壁によってではなく、消耗によって追放されるのである。
なんという苦味だろう。
思想家を去らせるのは検閲ではない。
疲労なのだ。
反射的な憤り、イデオロギー的な図式、複雑なものを絶えず単純化することに抵抗し続けなければならない疲労。
もはや自国の知識人を受け入れられない国は、卓越した精神以上のものを失う。
自己批判する能力を失う。
内なる警戒心を失う。
自らの過ちから身を守る能力を失う。
もちろん、サンサルの決断を国家的危機に変えてはならない。人々は引っ越し、静けさや展望、距離を求める。
だが、象徴には力がある。
そしてこの象徴は不穏だ。
なぜなら、それは自由が法律だけで保証されるのではなく、風土によって支えられていることを思い起こさせるからだ。雰囲気によって。異論をただ容認するだけでなく、それに耐える意志によって。
民主主義が、露骨な攻撃だけによって死ぬことはめったにない。
時に、それは知的な疲弊によってしおれていく。
知性ある声が沈黙するか去っていくとき、しばしば議論を装うだけで、もはや何の知識も生み出さない雑音が残る。
すると、思考はより静かになる。
そして自由にとって、より危険なものとなる。
したがって、ブアレム・サンサルの静かな別れは、単なる私的な決断以上のものだ。それは哀愁を帯びた警鐘である。
最も辛辣な批判者たちがもはや闘わず、去っていくとき、国は耳を傾けるべきだ。
なぜなら、国家の真の喪失は、国境から始まるのではないのかもしれない。
それは執務机から始まる。